尾高城

別名 泉山城
    岡成城
    
小鷹城
付近住所 鳥取県米子市尾高 現在 米子勤労福祉総合センター
2003/8/10 案内板アリ 日本城郭大系


行松氏→
吉田氏→
杉原氏→
吉川氏
ここは中世の東西交通路をおさえる西伯耆の軍事上の中心地であった。城郭は鎌倉時代から築かれたようであり、室町時代 山名氏支配下では城主は行松氏が、尼子氏が進出すると城主は吉田氏が、16世紀後半になって毛利氏支配下時代には杉原盛重が城主であった。江戸時代初期、米子城築城によってこの城は廃城となった。城跡は北から二の丸・本丸・中の丸・天神丸・後方の館跡など八つの郭があって堀や土塁で守られ、平常の生活を営む館と城とがつながっているちゅうせいの城郭遺跡である。尼子回復戦のおり、尼子の勇将 山中鹿之助が捕われこの城にいたとき腹痛といつわって汲み取り口から脱出したという物語は有名である。